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YUNO 3

【老先生】

 道を急いでいると、橋の袂にナカムラのご隠居さんが佇んでいるのを発見した。

 ……また、面倒なときに厄介な人が。

 運の悪いことに、目的地に急ぐためには彼の居る橋を渡らねばならない。
 これ見よがしに無視して後で因縁をつけられても困るので、足運びを緩めてさりげなく通り過ぎる。

「こんにちは、ナカムラ先生。」

 すれ違いざまに、最低限の社交辞令としての挨拶。
 願わくば深遠な哲学にでも没頭されていて、私のことなど気にせず居てくだされば結構なのだが。

「おや、コクトウの若旦那じゃないか。
 そんなに急いでどうしたね?」

 生憎なことに、私の存在は彼の興味を引いてしまった模様だった。

「……えぇ、ちょっとそこまで。
 緊急の用事がありまして。」

 出来る限りの抵抗として、歩調を些か早めてやや焦った声色で決まり文句を吐き、いまは自分に構わないでほしい旨を力いっぱい表現しながら彼の傍を離れることにする。
 すべては余計な混乱と騒乱を防ぎ、私の世間体と平穏な生活を守るため。
 いまここであの厄介な老先生に捕まる訳には行かないのだ。

 が。

「なぁにをそんなに慌てて。
 細君に逃げられでもしたかね?」

 抜き去ったはずの老人が、スッと目の前に現れる。
 まるで最初からそこに佇んでいたかのような、音も立てず目にも留まらぬ移動の早業。
 相変わらず物理法則に囚われないお人だ。

 しかし、いまはこの老師と悠長に世間話をしている場合ではない。
 タン、と音も軽やかに移動軸をずらして立ち去ることにする。

「私に細君は居りませんし、逃げられても居ません。
 だいいち今は急いでいるのです。
 失礼。」

 しかしその言葉を言い終わるか終わらぬ間には既に、スッと音も無く先生は目の前にいらっしゃるのだった。

「おや、細君で無ければ内縁の妻かい?
 随分と仲良くやってる様子じゃないか。」

 負けずにタン、と進路を変える。

「ひどい誤解です。
 私とアレはそのような関係ではありませんし、不躾な詮索を受ける謂れも無い。」

 スッ

「おや、あんな奇麗な娘さんを『アレ』呼ばわり。
 女の子をまるでモノ扱いとは恐れ入るね。
 流石は泰斗さんのご嫡孫だ。」

 タン

「無意味に祖父を引き合いに出さないで下さい。
 そもそもアレは……」

 スッ

「いやいや、本当に泰斗さんの若い頃に生き写しだよ君は。
 生まれ変わりだと言っても誰も疑うまい。」

 タン

「っ、それだったらなんとも有難い事ですけれどね。
 生憎まだ……ぴんぴんしてますよ、あの狒々爺は。」

 スッ

「うん知ってる。
 ちょうどさっき本家でお茶をご馳走になってきたところだからね。」

 タン

「……それは、結構なことで。
 また何か、怪しい葉っぱでも、仕入れてきたんですか?
 あの人は。」

 スッ

「うん、なんでもオセアニアのどっかの島にしか生えていない薬草で、回春作用がどうだとか。」

 タン

「……はぁ。
 あの人に、一番必要ない、効果じゃないです、か。」

 スッ

「いやぁ。
 いつまでもこの世の春を謳歌していたいと思うのが人の情だよ。
 たとえこんな年になってもね。」

 タン

「それはそれは……
 ……あやかりたい、ものですね。」

「うん、だったら君も一杯飲んでいくかい?
 少し分けてもらった葉があってね。
 折角こんなところまで来て貰ったのだし。」


 突如、声の発生源が前から後ろへと移り変わる。
 振り向くと、ご自宅の門の前で嫌味なほどにニコニコしている先生がいらっしゃったのだった。

 ……やられた。

 体よく世間話に付き合わされた上に、目的地を通り過ぎてナカムラ邸まで誘導されてしまうとは。
 清清しいほどの、完敗。
 もっとも、この人にばったり会ってしまった時点で私は既に負けていたのだろうが。

 私の修行が足りないのも確かとは言えど、これだからこの先生は厄介なのだ。

「……えぇ、後ほどお伺いします。
 今は少し、急いでいるので。」

「うん、騒ぎになる前に行っておあげ。
 あの娘に宜しくね。」

 結局、アレのせいで急いでいたのは筒抜けだったか。
 最初から感づいていたのか、或いは鎌を掛けられたのかは知らないが……


「あ、コンビニに行くのなら羊羹のひとつでも買って来てくれると嬉しいかな。」

……何処まで心を読むつもりなのか、この仙人もどきは。
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2011.12.07 Wed 21:56  ZIBoxsOJqZypoOX

2011.12.25 Sun 22:34  WNoNVmIssZuRGawYtDV

2012.01.10 Tue 07:39  OOoAxIfqKVMeMu

2012.02.07 Tue 10:39  KaoNCMNcBUQ

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2012.02.07 Tue 14:33  DLxpbguvcvPBtLkGBy

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2012.02.07 Tue 18:30  xJOOoysHnmFkvWSB

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2012.02.07 Tue 22:27  wdhVvZvjncKp

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2012.02.08 Wed 02:35  ysPvOWFRsVbYIY

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